まほらの天秤 第16話 |
「野菜、ここに置くよ?」 チリーン。 「ああ、火はこの薪ストーブを使っているんだ。じゃあ、今度来る時は薪割も手伝うよ」 リンリン。 「嫌だって言っても、僕はまた来るから諦めろ」 リンリン 「やっぱりここは寒いよね。ストーブ兼調理器具って言うのは便利なのかも」 チリーン。 「あ、美味しい。やっぱり君は紅茶を入れるのが上手だね」 チリーン。 会話らしい会話は成立しない。 何せ相手は鈴を鳴らすだけだから。 それも、チリーンとリンリンだけ。 それでも、スザクは返ってくる鈴の音に嬉しそうに笑った。 逃げ腰だったルルーシュから野菜を奪い、その手を引き家に戻ってから、スザクはこうしてルルーシュに話し続けていた。 ルルーシュは会話に合わせ鈴をならす。 最初は鈴の音だけの反応には戸惑う物があったが、そこに会話をする相手がいて、反応を返してくれる。それだけでスザクは自然と笑っていた。 ルルーシュもにこやかに笑うスザクに警戒心を和らげたのか、纏う空気が穏やかな物に変わっていった。ただ、相変わらずローブは着たままで、お面も付けたままだが。 今から朝食らしく、小さな食卓テーブルの上には新鮮な野菜のサラダ、ベーコンエッグ、少し硬めのパンとスープが次々と置かれた。これらは全てスザクの分だ。 ガスがないからどうやって料理をするのか不思議だったが、薪ストーブを使いルルーシュは手際よく食事の用意を始め、まさかこんな不自由な場所で、ちゃんとした朝食が出てくるとは思わず、スザクは歓喜の笑みを浮かべた。 「うわぁ、すごくおいしそうだ。野菜はさっき収穫したものだよね?ベーコンはダールトン先生が?」 チリーン。 「このパンは君が焼いたの?このストーブだけで?」 チリーン。 「卵は?」 返答に困ったのか、鈴は鳴らない。 イエスかノーか。 それ以外の問いには答えられないのだ。 「ダールトン先生?」 ・・・リンリン。 「ああ、材料を届けに来る人がいるんだけっ?」 リンリン。 「うーん?あ!もしかして、鶏飼ってるとか!?ダールトン先生が鶏をくれたんだろ」 チリーン。 「はは、当たった。ねえ、あとで見せてくれる?」 チリーン。 「やった。ありがとう、ルルーシュ」 リンリン。 名前を呼ぶと、必ず否定を返す。 あくまでも自分は違うと言うが、それでもスザクはルルーシュと呼び続けているため、背中側にいる彼は、毎回呆れたように鈴を二回鳴らす。 向かい合わせだと、ルルーシュは狐のお面を取れない。 つまり食事をできないため、今は背を合わせる形でそれぞれ食事を口にしていた。 ルルーシュはスザクの座る椅子の背に持たれる形で床に座り食事をしている。 この家にはテーブルとイスは一人分しかない。 だから自分が床で、とスザクは言ったのだが、ルルーシュは頑なに拒んだ。 何よりルルーシュが椅子に座ると、何かの拍子でスザクから顔を見られる危険性もあるが、床なら見えるのは自分の頭、つまりフードだけだ。 それを喋れないながらも説明し、この形に落ち着いた。 向かい合って食べれない、会話をかわせない。それを寂しいとは思うが、背中にある暖かさに思わず口元が緩む。 彼の作った食事は、どれも素朴で優しく懐かしい味がして、それだけで満たされた。 出来れば、彼の傷がどのような状態か知りたいのだが、無理強いは出来ない。 どの道、こんな場所では知った所で何もできない。 ・・・ルルーシュを連れて、街に出て、整形手術をしよう。 スザクはふとそう考えた。 医療技術はあの時代より格段に進歩を遂げているから、顔は前と変わってしまうだろうが、焼けた肌はある程度綺麗になるはずだ。 もしかしたら、声も戻るかもしれない。 あの時のような綺麗な声は無理でも、ちゃんと会話が出来るかもしれない。 仮面を外した明るい世界で、自分の声で会話をし、人並みの幸せを手に入れられるかもしれない。 いや、誰よりも明日を望みながら、この世界の礎となった君は、この平和な世界で幸せに生きなければならない。 君が壊し、造った平和な世界で。 「ねぇルルーシュ」 できるだけ穏やかに声をかけた。 リンリン。 ルルーシュでは無いと否定の鈴が鳴る。 「ここを出よう」 ・・・・。 「この森を出て、外の世界で生きよう」 リンリン。 「・・・大丈夫、みんなの説得は僕がするから」 リンリン。 「君の・・・その傷も、ちゃんと医者に見せれば、きっと綺麗になるから」 リンリン。 「ここを出るのは怖いかもしれないけど」 リンリン 「ルルーシュ!」 リンリン。 否定しか返さないルルーシュに強く声をかけるが、リンリンと否定の音を鳴らすだけだ。 リンリン、リンリン、リンリン。 強い拒絶を鈴の音に乗せ、彼は鳴らした。 「ホントに君は頑固だな。それとも、僕が信用できない?」 ・・・・ 鈴は鳴らない。 流石に、昨日今日会っただけの人間には、否定も肯定も返せないか。 それとも、自分のせいで僕がここを離れる事になると思っているのだろうか。 「大丈夫、僕は長くここに居るつもりはなかったから、君を連れて」 チリーン。 肯定を示すその音に、スザクは思わず息をつめた。 「・・・!じゃあ、一緒にここを出よう!」 リンリン。 肯定の後に返された否定。 意味が解らず、スザクは眉を寄せた。 「・・・僕と一緒にここを出るんだよね?」 リンリン。 一緒には行かないという否定の音。 じゃあ、さっきの肯定は・・・?そこまで考えて、ようやく気付いた。 あの肯定は、その前の会話のものなのか。 僕が信用できない。 彼はそう言ったのだ。 |